






女性の社会進出や生活の多様化に伴って、直接生命に影響することは少なくても、生活の質(Quality of Life: QOL)を大きく損なう疾患が注目されるようになって来ました。泌尿器科に関連する女性特有のQOL疾患(女性泌尿器科学)としては、骨盤底機能障害が最も頻度が高く、かつ重要な疾患です。これら骨盤底機能障害の内でも、腹圧性尿失禁と骨盤臓器脱(性器脱)の罹患率は高く、女性が一生のうちに腹圧性尿失禁あるいは骨盤臓器脱に対して手術を受ける確率は,11.1%であると報告されています。米国では,Urogynecology (女性泌尿器科学)が20数年前から準専門分野として確立してきた歴史があります。しかし,我が国では女性泌尿器科学の分野は泌尿器科と婦人科の狭間を漂っている状態が長く続きました。近年,漸く研究会が創立され,多くの女性において社会生活の障害となり、QOLの重大な阻害因子であることが知られるようになってきました。
当科は、本邦における女性泌尿器科学、特に新しい手術手技の導入に積極的に関わり、その普及に貢献してきました。ここでは、腹圧性尿失禁と骨盤臓器脱に対して当科で行っている手術療法を中心にまとめてみました。
本邦では、1980年代にStamey法などの経膣的針式膀胱頚部挙上術が一時隆盛を極め、本邦における腹圧性尿失禁治療への取り組みが本格化するきっかけを作りました。しかし、1990年代後半に発表された米国泌尿器科学会(AUA) ガイドラインレポートなどにより、針式膀胱頚部挙上術は長期成績が不良であり、開腹式膀胱頚部挙上術と尿道スリング手術の成績が優れていることが判明しました。したがって、今日では手術の低侵襲性や簡便性などから、TVTâなどの経膣式尿道スリング手術が主流となっています(図1)。特殊な症例(先天性疾患、外傷など)では、自己筋膜を用いた開腹式膀胱頚部スリング手術や人工尿道括約筋(AMS800)設置術などが必要になることもあります。
図1.腹圧性尿失禁に対する各種手術法の原理
スリング手術は、テープ状に切り出した自分の筋膜(腹直筋や大腿長筋)や人工線維(ポリプロピレン)で出来たテープで尿道を支える術式です。今日では、侵襲性や簡便性の観点から、ポリプロピレンテープを用いた経膣式尿道スリング手術(Mid-urethral sling) が主流となっています。
図2.経膣式尿道スリング法(TVT法とTOT法)
膀胱や子宮,直腸といった臓器がだんだんと下がってしまい,やがて膣から外に出てしまう病気を総称して骨盤臓器脱(性器脱)といいます。骨盤内臓器(膀胱、直腸、小腸)が膣壁を被って脱出する膣脱(図3)と子宮脱に分けられます。脱出する臓器としては,膀胱(35%)の頻度が最も多く,直腸(18%),子宮(16%)の順に多く見られます。
前膣壁 | 膀胱瘤(膀胱脱)、尿道瘤 |
後膣壁 | 直腸瘤 |
膣頂部(子宮が存在する場合) | 子宮脱(小腸瘤) |
膣頂部(子宮摘出後の場合) | 膣断端脱(小腸瘤) |
図3.膣脱の種類
治療方法としては、①骨盤底筋体操 ②膣内にリング状のペッサリーという器具を入れて脱出を押さえ込む方法と③手術療法があります。膣内ペッサリーでは、異物による炎症を起こしますので定期的(3ヶ月毎)な交換が必要です。根本的な治療法は手術ですが、従来の手術法では重症のものでは再発率が高いのが問題でした。しかし,近年開発されたメッシュを用いた手術は良好な治療成績が報告されています。
TVMメッシュ手術が海外において合併症が多くみられたことから、この手術法が登場しました。2014年4月から腹腔鏡下膀胱脱手術として、2016年4月からは腹腔鏡下仙骨腟固定術として保険適応になった新しい手術です。当科では2015年3月より本手術を開始しています。 膣の前後をメッシュで覆い、骨盤上部の仙骨に引っ張り上げて固定する方法です。手術時間は3-4時間ぐらいです。腹腔鏡手術のため痛みが少なく、入院期間も約1週間と短期間です。
当院で行っているTVM(Tension-free Vaginal Mesh)手術(図4)は、開腹することはなく、膣から人工線維(ポリプロピレン)でできたメッシュ(シート)を使って膣周囲の筋膜を全般的に補強する最新の手術法で再発はほとんど認められません。TVM手術では,子宮脱に対しても子宮を温存することができます。
図4.ポリプロピレンメッシュ(GyneMesh®)を用いた骨盤底形成術:TVM(Tension-free Vaginal Mesh)手術